戦争の思い出とナンセンス
井上 洋介・リヒャルト・エルツェ
井上さんは2016年に始めに亡くなられた作家、クマのこウーフなどの絵本でしか私などは知らなかったのだが京橋のアートスペース繭の梅田さんから紹介していただいて彼の絵画作品の力づよさにガーンと一発食らった感じで急遽展覧会を開くことにした。とは言ってもこのブログがアップされる頃にはすでに展覧会は終了している。しかし3月に新宿区大京町のアートスペースにてまた違う大規模展が開かれるので是非そちらに見に行かれると良いと思う。
私は井上さんについて全く無知だったので過去の印手ビューをネットで読ませてもらってなんとなくわかった気がしている、こんな感じだ。
「絵本のお仕事と併せて、油彩を中心としたタブロー(絵画)の制作もずっと続けてらっしゃいますが、独特な世界観を持つタブローの発想の源は一体どういうものなのでしょうか?
井上:
美術学校の卒業制作辺りから、なんとなく現代の不条理をモチーフにしたいという気持ちがありました。
その後、徐々に、自分が少年期に体験した爆弾の恐怖や飢えといった記憶が思い起こされて、今ではそんな記憶がタブローの発想の源となっているような気がします。
戦争の災難とか、自然の災難も含めて、人間が受ける苦痛というのは、時代によって変わるものでは無いような気がします。人間が被る災難を描きながらも、そんな災難の対極にある「ナンセンス」をいつもタブローに含ませたいと思っています。
まずタブローを見て、そのナンセンスさを笑って欲しいと思います。そしてその後、人間が被ってきた災難をふと思い出してくれたらな・・・と思っています。
彼は東京の空襲を経験している、それも下町の出身だから被害がひどかったに違いない。戦争の苦しみや恐怖を思い出しながら描いた絵なのだろうが対極にあるナンセンスな笑いがそこにはある。
ちょうど同じ時期、ロンドンにあるミカエル・ウエルナー・ギャラリーではリヒャルト・エルツェという2つの大戦に駆り出されたドイツの画家の回顧展があった。
ミカエル・ウエルナー・ギャラリーは店ではなくて高級住宅街のお屋敷にある。ある日前を通っていて小さくギャラリーと書いているのでブザーを押してみたら重厚な邸宅の中にすごく変わった(良い意味で)全く売れ筋ではない作家の展覧会をしていたのでそれ以来マークしている画廊である。後で彼の特異な画商人生を読んで納得がいった。彼がバゼリッツを売り出したのだ。西洋世界が具象画は死んだ。と言っていた時代に彼は具象画にこだわり続ける。
新聞の記事から抜粋すると
エルツェは1900-1980生前は大きな国際展で活躍したが今はメインストリームから忘れられた作家になっている。マックスエルンストと共にシュールレアリズム運動に参加、彼の作風にはドイツロマン主義の影響が見られる。彼は第一次大戦に駆り出され瀕死の思い出で生き延びてパリで30年代のアート運動に関わるが、ドイツ国籍のままだったので第2次大戦がはじまると国に連れ戻されまたもや戦争に加担させられる。(今度は地図担当の事務職)
マックス・エルンストがあくまで画家だったのに対してエルツェはイヴ・タンギーやロベルト・マタに接近したりしたそうだ。そしてエルンストの初期によくやっていたデカルコマニから彼は独自に発展してパレイドリア(抽象的な形から具象的な形を見ること)もっと進んで灰や雲の世界に何かを夢想する絵に変わっていく。彼曰く、カフカの人物にインスパイアーされている、と言っていたそうだ。というのがつまみ食いをしたイギリスの新聞表である。
東京の下町で、ドイツで同じ戦争の西と東で苦しんだ2人の画家が描いた世界を対比するとかなり興味深い。
井上は苦悩の対極にあるナンセンスで笑って欲しい。と言っていたが、あながちナンセンスは対極ではなくて戦争自体ナンセンスである、国家が犯せば大量破壊でも殺人でも無罪。そしてなぜかわからないけど爆弾を落とされて焼かれる人たちの死もナンセンス。笑っちゃうしかないでしょ。
方やエルツェは(真面目だから、という私の方にはまったドイツ人評だが)ひたすら灰の中に面影を探し続ける。それは記憶の作業とも言えるし ただ「目を凝らす。」ということかもしれない。
墨流しのような灰汁のような不思議な画面に私はどんどん惹き付けられて入っていってしまう。そこは夢の世界の入り口でそれぞれが体験をするように仕掛けられている。とおもった。
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